1946年 紺屋町付近
(国土地理院空中写真から作成)
ここでは、駅と県庁を結ぶ4つの通りに絞って、便覧の町列を簡略化して当時の町並みを示しました。完全な再現ではなく、あくまでも概略です。また、公刊資料に記録されている官公署、銀行、会社等の設立の経緯なども簡単にまとめておきました。そうした施設等がどのような目的で作られたかを知ることで、当時の前橋の人たちをとりまく社会環境を伺い知ることができると思います。
「中心市街」のところでも簡単に説明しましたが、便覧では片貝町との境から県庁に至る通りを「本町曲輪町通り」と表記しています。この通りは本町と曲輪町にまたがる長い通りであることから、ここでは説明の便宜のため、本町を主体とする区間を「本町通り」、曲輪町を主体とする区間を「曲輪町通り」と仮称し2つに分けてまとめました。「本町通り」と「曲輪町通り」の境は桑町ー連雀町の交差点とし、この交差点の東側には若干の区間が連雀町に属していますが、ここでは無視しています。便覧にも「さーちず前橋」の「前橋市道路愛称名登録路線」にも「本町通り」「曲輪町通り」という名称はありませんのでご注意ください。あくまでも、ここで取り扱う際の便宜のために使用した名称です。
1)停車場通り :さーちず前橋の現「駅前通り(ケヤキ通り)」
2)本町通り :「本町曲輪町通り」のうちの本町を主体とする区間(一部連雀町を含む)
3)曲輪町通り :「本町曲輪町通り」のうちの曲輪町を主体とする区間
4)県庁前通り :さーちず前橋の現「朔太郎通り」